WUZIQI — 五目並べ
美しさ、それ自体が理由
← ブログへ戻る

棋史・ルール

なぜ連珠は 15×15 の盤を使うようになったのか

同じく一直線に 5 つ並べるゲームでありながら、連珠は大きな盤から 15×15 へと収束しました。この変化は単なる省スペースではなく、先手の有利、禁手ルール、観戦のテンポのあいだで取り直されたバランスです。

盤が小さくなると、むしろ大きく見えてくるのは判断とリズムです。

こんな局面に出会ったことはありませんか。中盤に入るころには手がかりが盤の半分に広がり、相手の脅威は見えているのに、本当の危険がどこにあるのかはっきり言えない。大きな盤は多くの余地を与えてくれますが、そのぶん雑音も増えます。連珠がのちに 15×15 へ収束したのは、ただ盤を小さくしただけではありません。ルールと尺度を磨き込むことで、先手の有利、禁手の判断、観戦のリズムをより読みやすくしたのです。

まず事実から:連珠の標準盤は 15×15 です

今日、連珠について語るなら、まず盤の大きさをはっきりさせる必要があります。RenjuNet のルール説明には、連珠は 15×15 の線盤を使うと明記されています。これは適当に選ばれたサイズではなく、現代連珠のルールの一部です。

同じ「5 つを一直線に並べる」という目的でも、伝統によって使われてきた盤は異なります。Wikipedia の Gomoku の説明でも、現在の五目並べは伝統的に 15×15 で行われることが多い一方、かつては 19×19 が一般的な標準だったとされています。

つまり問題は「なぜ五目並べは 15×15 でなければならないのか」ではありません。より正確には、連珠が普通の五目並べから分かれていくなかで、なぜより引き締まった、より精密なサイズを必要としたのか、ということです。

19×19 は自由を与え、先手にも広く動く余地を与えます

19×19 の盤は囲碁の文脈から来ています。空間が広く、手触りも伸びやかです。これを五目並べのような連線ゲームに置くと、序盤の布石は散らばりやすくなります。一手が戦場から遠く離れることもでき、脅威はより広い範囲へ先延ばしされ、局面が本当に接近するまでに時間がかかりがちです。

大きな盤が悪い、という話ではありません。ただ、「戦場を探す」時間が長くなるのです。普通の対局なら、それは余韻にもなります。けれど、安定した判定と安定した試合のテンポを必要とする連珠では、余白が多すぎると核心のぶつかり合いがゆるみます。

15×15 と 19×19 の盤面空間を比較した図。中央領域と端までの距離を簡略化して示している
15×15 はゲームを縮めるのではなく、衝突をより早く盤の中央へ押し出します。

15×15 は序盤の衝突を早めます

盤を 15×15 に収束させると、天元付近の最初の選択どうしが、より早く結びつきます。中央に一子を置けば、相手は完全に回り込むことが難しくなります。端が近く、方向が早く圧縮されるからです。

これは設計上の考え方であって、どこかのルール文の引用ではありません。盤が小さくなると、さまようような布石が減り、第一手、第二手、第三手の関係がより密になります。序盤は単に場所を取る時間ではなく、その一局の呼吸を決める時間に近づきます。

盤が小さくなると、衝突ははっきりします。

連珠の核心にあるのは、普通の五目並べにおける先手の有利です

RenjuNet の連珠史の説明は、とても率直です。連珠はおよそ 100 年前、普通の Gomoku では上級者を満足させられなくなったために発展した、とされています。ここで重要なのは、単に「上級者がもっと難しいものを求めた」ということだけではありません。普通のルールでは、先手があまりにも簡単に有利を積み上げられるのです。

追加の制限がない五目並べでは、黒が先に打ちます。黒は活三(かつさん)、四追い、二重の脅威を連続して作るだけで、白を防戦一方に追い込みやすくなります。盤が大きいほど、黒は脅威を遠くへ分散できることがあり、白の判断はさらに消耗します。

連珠の答えは、盤を替えることだけではありません。同時に禁手(kinshu)の体系を導入し、三三(san-san)、四四(shi-shi)、長連(chōren)のような黒の強すぎる形をルールで制限しました。盤の尺度と禁手ルールを合わせて見てはじめて、連珠の本当の姿に近づきます。

禁手には、十分に明確な判断の場が必要です

禁手がもっとも避けたいのは、あいまいさです。ある三三が成立しているのか、四四が同時に現れているのかを判断するには、線を見て、端点を見て、その先が本当に脅威になりうるかを見なければなりません。盤が散らばるほど、見る人は遠くの可能性に引っ張られやすくなります。

ここで 15×15 の価値は、控えめに効いてきます。複雑さを消し去るのではなく、観察できる範囲へと押し込むのです。審判も、対戦相手も、観客も、同じ手がかりを追いやすくなります。

棋譜を読むヒント:連珠の棋譜を見るときは、「どちらが先に五を作れそうか」だけを問いかけないでください。まず、黒の次の一手が 2 つの活三(かつさん)や 2 つの四追いを同時に作らないかを見ます。禁手のドラマは、しばしばその一手の直前に隠れています。

15×15 は試合時間も整えやすくします

試合は盤の上だけで起こるものではありません。時間のなかでも起こります。大きすぎる盤は探索範囲を広げます。特に序盤で明確な接触がまだないとき、思考は「ここもありそう」という多くの点に薄められていきます。

15×15 は、選択肢の豊かさを保ちながら、無限に広がりすぎない広さです。対局は実質的な攻防へ入りやすくなり、持ち時間の進み方にも安定したリズムが生まれます。ここにある美しさは静かです。変化を減らすのではなく、無効な漂流を減らすのです。

BoardGameGeek は Renju を Gomoku の大人向け、競技向けの版として説明し、15×15 の盤で行われると述べています。これは概説ではありますが、ひとつの直感に近い表現です。ゲームが競技へ向かうとき、必要なのは難しさだけではありません。再現できる秩序も必要なのです。

19×19 から 15×15 へ。それは余白から密度への移行です

19×19 を広い紙面と見るなら、15×15 はより締まった版面のようなものです。必ずしもこちらのほうが「高級」というわけではありません。ただ、連珠が解こうとした問題にはより合っています。五を成す鋭さを早く立ち上げ、一手一手を勝敗へ近づけるのです。

だからこそ、「見た目がよいこと自体が理由になる」という言い方は、盤の上では決して浅くありません。よい尺度は、見続けたい気持ちを生みます。石と石の距離には張りがあり、余白は騒がず、変化には手触りがあります。

よい盤は、判断を静かにします。

次に連珠を見るときは、まず盤が与える制限を見てください

15×15 を理解するのに、それを神格化する必要はありません。連珠が成立した唯一の理由でもなければ、絶対に完璧な答えでもありません。むしろ、何度も使われるなかで残ってきた道具のようなものです。手になじむ大きさで、境界が明確で、禁手ルールの細部を受け止められます。

次に連珠の一局を見るときは、まず最初の 3 手から見てみてください。天元からどれくらい離れているか、すぐ接触が生まれるか、黒が禁手の影に縛られているか。そこが見えてくると、15×15 はただの数字ではなくなります。

この尺度感を手の中で確かめたいなら、15×15 で一局打ってみてください。線を少しゆっくり見て、急いで五を作ろうとしないことです。盤がひと回り小さくなったぶん、問いはむしろはっきりしていると気づくはずです。


読み終えたら、WUZIQI で一局どうぞ。